通にはたまらない!赤穂城下町MAP

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現在の地図 -赤穂市教育委員会 提供-

現在の地図

「赤穂事件」当時の地図 -赤穂市立歴史博物館 所蔵-

「赤穂事件」当時の地図

1 義士宅跡(原惣右衛門)

四十七士のうち21名が赤穂の城下町や城内に屋敷を構えていた。現在は民家や公園、空き地などになっているが、それぞれの義士宅跡には義士を紹介する説明板と石標が立っている。写真は足軽頭・原惣右衛門の宅跡。

2 花岳寺

浅野家(赤穂藩主)の菩提寺として1645年(正保2年)に建立された。境内には四十七士の墓碑、義士宝物館、義士木像堂等があり、赤穂藩や義士関連資料が数多く保存されている。

3 赤穂城本丸門

浅野長直が1648年(慶安元年)から13年を費やして築いた城で、近世城郭史上非常に珍しい変形輪郭式の海岸平城である。本丸内には刃傷事件後に大石内蔵助らが大評定に集まった御殿の間取りが復元されている。

4 息継ぎ井戸

早水藤左衛門、萱野三平の両士が、早かごで主君刃傷の凶報をもって江戸より駆けつけた際、この井戸で一息ついて城内の大石内蔵助邸に入ったとされている。

5 赤穂大石神社

大石内蔵助はじめ四十七士と萱野三平を合祀して1912年(大正元年)に創建された。境内には、義士ゆかりの武具・書画を展示している義士宝物殿がある。また義士木像奉安殿には浅野公、四十七士の木像が展示されている。

6 大石良雄宅跡長屋門

大石家3代の屋敷の長屋門で、屋敷は畳数にして308畳の広大な邸宅であった。早水藤左衛門、萱野三平の両士が息継ぎ井戸で一息ついた後、叩いたのもこの門である。

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